![悲しみの歌 [Kanashimi no uta] book cover](https://cdn.margins.app/catalog/work-covers/f0fa661d-1a26-4f5c-8f59-434b22924676.jpg)
生きることの悲しみ。我々の生に内在する本質的な悲しみに向けられる眼差し。 『海と毒薬』から二十年後に書かれた「後日譚」。 米兵捕虜の生体解剖事件で戦犯となった過去を持つ中年の開業医と、正義の旗印をかかげて彼を追いつめる若い新聞記者。表と裏のまったく違うエセ文化人や、無気力なぐうたら学生。そして、愛することしか知らない無類のお人好しガストン……華やかな大都会、東京新宿で人々は輪舞のようにからみ合う。 ――人間の弱さと悲しみを見つめ、荒涼とした現代に優しく生きるとは何かを問う。 本文より 「疲れてたでは三人の捕虜を殺した言いわけにはならないと思いますが……もっと、正直に答えてくれませんか」 勝呂(すぐろ)医師は長椅子から悲しそうな眼をあげて、若い新聞記者の怒った表情を見た。自分は何度、この質問を受け、この答えをしたことだろう。B級戦犯として拘置所にいた時、弁護士になってくれた二世の将校からも、それでは返事にならぬと叱られたものだった。結局、その二世は勝呂を研究室のたんなる下っ端としてこの実験に従わざるをえなかったと言う説明を作ってくれたのだが…… 本書「解説」より この作品は、中年の、中年以降の世代の、文学である。五十何歳かの遠藤周作が書いたから、というだけではない。この作品の底に澱んでいる滓(おり)のような悲しみをあじわうには、読者の側にそれ相応の生の体験を、生そのものから分泌する悲しみの体験を、刻み込んだ感受性が要求されるからだ。 おそらくこれは「知」の敏性(デリカシイ)で「鑑賞」する作品ではない。そうではなく、ながい人生を渡渉し、人間の裏と表の実情をふたつながら知悉した感性でもって「共感」する作品なのだ。 ――遠丸立(文芸評論家) 遠藤周作 (1923-1996) 東京生まれ。幼年期を旧満州大連で過ごす。神戸に帰国後、12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶応大学仏文科卒。フランス留学を経て1955年「白い人」で芥川賞を受賞。結核を患い何度も手術を受けながらも、旺盛な執筆活動を続けた。一貫して日本の精神風土とキリスト教の問題を追究する一方、ユーモア作品や歴史小説、戯曲、映画脚本、〈狐狸庵もの〉と称されるエッセイなど作品世界は多岐にわたる。『海と毒薬』(新潮社文学賞/毎日出版文化賞)『わたしが・棄てた・女』『沈黙』(谷崎潤一郎賞)『死海のほとり』『イエスの生涯』『キリストの誕生』(読売文学賞)『侍』(野間文芸賞)『女の一生』『スキャンダル』『深い河(ディープ・リバー)』(毎日芸術賞)『夫婦の一日』等。1995年には文化勲章を受章した。